懐中のトッケイ

わたしはここでかわいていく

marshmallow justice

お前は本当は双子であったのだ。

それを知らされた時のわたしの顔といったらない。

 

小さいころ、無暗に体が強かったわたしは冬でも半袖で走り回るような子供だった。

他の家族は全くそんなことはないのに、自分だけなぜか平気な顔をして鳥肌も立てずに冬空のもとを闊歩していたことに、何も違和感がなかったわけではない。しかし周りはそれを良しとしたし、自分とて苦痛はまるでなかったわけだから、さして挟むほどの疑問もなかったのである。とはいえ何も感じなかったわけでもない。たとえばそう、雪を触るときだけは、半袖のまま手袋をはくなどしていた。まあその程度のことであった。

そんなある冬の日、なにとはなしに母親と会話していると、思わぬ言葉が出てきた。

 

「あんたは双子だったの、ほんとは」

 

ほんとは。

何を言うのだろうと思った。

聞けばそれは、わたしがまだ母の子宮でひっくり返っていたときのことである。

妊娠中のエコー診断で判明したらしいのだが、そのとき母のお腹の中にはわたしの他にもう一人ひっくり返った影が映っていたのだ。

これまで女児を願いながら男児ばかりを産み落としてきた両親にとって、これは最後のチャンスであった。あくまで可能性の話なのだろうが、経過を観察する中で、医者も少なくとも片方は女の子かもしれないという。これまでつけられずにきた女用の名前が、今度こそ日の目を見るかもしれない。両親の期待は高まっていった。

しかし、後の検診で事態は大きく変わってしまった。

ひっくり返った片方の影が、大きくなっていないのだ。

様子を見ようと経過観察を続けるも、片方が順調に大きくなるばかりで、もう片方は大きくなっていかない。そうしてついには、片方の影が小さくなり始めた。

片方は肥大を続ける。

もう片方はそれに吸われるように、みるみるうちに影を小さくしていく。

「まあ、こういうこともありますよ」

医者はそう言ったという。

どんどんと小さくなっていった影は、やがてエコーではとらえられなくなり、両親の前から姿を消した。

そうして生れ落ちてきたのが、たったひとり分の、わたしという肉体であったのだ。

 

「だからあんたには、二人分の栄養がいってるのよ。だから強いのよ」

そんな話を、母はわたしに言って聞かせた。

幼心に、なぜそのときのわたしに意識がなく、いたかもしれない双子の片割れを、救ってやることができなかったのだろうと、なぜ自分ばかりががめつくも養分を独り占めしてしまったのかと、わたしは悔いた。

そこにいたかもしれない、わたしのたったひとりの妹。

いもしない存在をわたしは夢想し、いともたやすく、その様を思い描くことができた。

肉を持って、わたしとふたりセーターを着て、耳を赤くしながら冬の日を走り回る、わたしの妹のことを。

涙ぐみそうになるわたしの肩に手を置いて、母は続けた。

「もう一人いたかもって思うとさみしいけど、いまあんたが元気でいるから、お母さんはそれが嬉しいのよ。でもだからって、意地張って風邪ひかないでね」

 

 

わたしの体はわたしだけのものではない。

でも、わたしという人間はひとりだ。

どうしたってひとりだ。今更二つになんて分けられない。

だからせめて、わたしは二人分を生きてやるのだ。

二人分を歩み、学び、遊び、食い、飲んで踊って、恋をして。

 

もうお腹いっぱいだと、言わせてやりたいのだ。

まだまだ足りない。まだまだ、ずっとわたしは足りないでいる。

連作30首『ひとを呼びますよ』

 

 呼ばれない集まりはいつも過去形で僕の向かいにやってきて座る

 

 窓の外を雨が通ってゆく先に控える我が十日分のパンツ

                  

 シリアルの命短し牛乳の中でひそかに変生(へんじょう)を遂げ

 

 水をやるつもりで日ごと見送って枯らした多肉の一葉の伸び

 

 湿気てなお棚をいろどるパプリカの朱色(あけいろ)を目でふりかけていく

 

 ごま油に輝くもやし人知れず液状化して遺棄されるもやし

 

 「生活はできてますか」と問う母の声で自室をかえりみる夜

 

 不在票の束をばららと撫ぜて待つ長きみじかき平日の夜

 

 米とみかん 物資のすきまに好きだったお菓子がぎゅうと詰められていて

 

 八朔が減らないうちに来る次のダンボールには甘夏、あまなつ

 

 文化的最低限度の営みとしての器の機能を思う

 

 分別を諦めてからなお増えた半額惣菜のガラのかさばり

 

 バゲットと坂を下ってきたひとのスカートのひだ、白きつま先

 

 何ものに追われてなのか二、三分進めた時計に囲まれていて

 

 内側がすでに腐っていたりんご昏くシンクにしたたって撥ね

 

 まっとうに暮らしたかった。炊飯器の中で干上がるあの日の三合

 

 時をかけるごはんよ「保温から29時間」経った世界へようこそ

 

 九ヶ月前の自分を一キロのひき肉に見る考庫学あり

 

 同僚と街で賑やかしたあとの誰も待たない部屋への坂道

 

 キャスターの声は書斎にまで届きずっとしゃべっていてくれること

 

 お二階のお子さんがとてもよく走る 夜半にテレビの音量を上げる

 

 水増しのシャンプーが薄い泡を吐くペンギンヘッドバンキングナウ

 

 何一つ手つかずのまま睨め上げる二時、歯ぎしりと心中をする

 

 他の家の人らの声で目を覚ます2LDK光年の孤独

 

 いづこよりきたるか枕もとの陰毛あさ柔らかき陽光に透け

 

 幾日も寝かせた回覧板を手にゆく階段の静かなること

 

 来るとなればとたんに人の目が宿り立ち現れるちり、あくた、しみ

 

 酒瓶の重みダンボールの重み家々のがらりがらりの集まり

 

 ガラス戸のすきまでぶぶと呼ぶ虫が開けてやっても出ていかんとき

 

 ていねいに暮らそう、ていねいに暮らそう 五百円玉貯金をしよう

 

 

 

 

 

約束は赤い窓辺で

一通を待つのがつらい人がいる。

一通が来るのもつらい人がいる。

 

里帰りの季節だ。

学生は言わずもがな、社会人はお盆に連休を合わせて、地元へ帰って家族と過ごす人が多かろう。それに伴う墓参りやら親戚回り、それだけならいいものの、やれ子供だ結婚だと要らぬ波状攻撃を受けるのが目に見えて、休む前から憂鬱だというひともいるかもしれない。

わたしもまた、この時期にひとつの憂鬱を抱える者である。しかし、今挙げたような理由ではない。

これはまことに、失礼な話なのだ。

 

「高校の同級生から、LINEが来る。」

 

この事実を世の人はどう受け止めるだろうか。

せっかく地元に帰るんだし久しぶりに会おう、と乗り気になる。

他にも誘ってみんなでご飯でも食べに行こう、と電話帳を探す。

それもよかろう。わたしだってそうしたい。かつて我々がそういう関係であって、今もこれからも、彼らとそういう関係でありたいのならば。そう、ならば、だ。

時の流れというのは残酷にして慈悲はない。10年もあればなにもかも変えてしまう。例えばあの駄菓子屋は一度更地になってその上に家が建った。懇意にしていた町医者はいつのまにか廃業した。三本向こうのいじめっ子の家は駐車場になった。SNSには結婚と出産の報告が舞い踊る。なにもかもが変わっていく。

だがそうでなくてはならないのだ。そうでなくっちゃいけないのだ。取り残されるような気分は、幸いにしてまだない。そうして、わたしもまた変わっていることを、まだ変わっていられることを知らされる。いいのだそれで。それでこそなのだ。

 

しかしわたしの元へはLINEが来る。

高校の同級生から、LINEが来る。

 

地元に友達がいないんだよね、とわたしは人に言う。嘘をついているわけではない。かつて関係があった小中高の同級生たちで、積極的に連絡を取っていまどうしているのか知りたい人間なんて、もうそうそういないのだ。

もちろん、もともと友達が少なかったのもある。ではその少なかった友達はというと、例えばある人は、非社交的な自分にそれでも付き合いを続けたいと思わせるほど魅力的な人物で、彼から久しぶりの連絡をもらったときのわたしの喜びようと言ったらなかった。あのとき仕事中でなければ、もっと彼の元気な声を聴いていたかったのに。

しかしそれは少ない中でもさらに極めて稀有な存在だった。そんな人は何人もいない。ではあとの者らはなにかといえば、当時の自分が寂しさを紛らわすために寄り添ったところに、偶然居合わせた人々とでも言った方が適当だ。そのときは特に見えていなかった。見ようともしていなかった。ただそこにいればよかったし、それで心地がよかったのだから。

今にしてみれば、それらは有象無象であったと言わざるをえない。連休になるとLINEをよこすその同級生も、どうやらそのうぞうぞしたかたまりの一部だった。

成人して、大学を卒業して、地元に帰ってきて――そうこうする間にもたくさん連絡は来た。その数だけわたしは会った。他のメンツも誘って会うこともあったし、二人で会うこともあった。

それが当たり前だと思っていた。でもだんだんわたしは気がついてきたのだ。

 

この人は、もしかしたら何も変わっていないのではないか、と。

 

高校を出てもう10年になる。10年である。全部が全部でないにしろ、10年あれば人は変わろう。しかし彼女は変わらなかった。変わってくれなかった。わたしはこんなに変わっているのに、何も変わっていてはくれなかった。不変は罪か?それとも美徳か?わたしにはそんなことはわからない。ただあのときの関係を引きずったまま、あのときと同じ態度で、目の前のわたしにあのときのわたしを見出して、語りかけてくるのが、わたしには我慢ならなかった。わたしは今こうやって生きているのに。彼はあんなにも今を生きているのに。君はこの狭い街でいったいなにをしていたんだ。語るべきことも持たないまま。

比べることは愚かだろうか。わたしはともすれば泣きそうだ。

こいつは過去に、あぐらをかいている。

 

「お盆はいつ帰ってくるの?空いてる?」

「帰らないよ」

 

君のためにはもう帰らないし、わたしが帰る場所に君はもういないんだ。

 

「忙しいんだね。月末ごろはどう?」

 

介錯にさよならも言えないわたしは意気地がない。

その後の返事を、今年のわたしはいつまでも書かずにいる。

メリッサが笑うとき

 彼女と初めて出会ったのは、どこかの静かな公園だった。

 中学生の時分である。僕は学校の遠足の班行動を途中で抜け出した。なにも、特に行く宛があったわけではない。数少ない友人と呼べそうな者たちの班からあぶれ、無理やり他の人間と班を組まされていた僕は、その慣れない空気にほとほと嫌気が差していたのだ。要するに、いたたまれなかったのである。僕は次の目的地へと班の人間が移動し始めると、その最後尾をついていくようにしながら、徐々に彼らとの間隔をとり、すきを見てそっと脇道に逸れた。そうしてすぐ、少しの間路地を走った。とてもどきどきしたのを覚えている。あの遠足がどこだったのか、班には誰がいたのか、そんなことは忘れているくせに、あのときの頭まで響くような心臓の音と、握りこぶしに滲んでいた汗の感触だけは、なぜだか今も僕の頭から離れてはくれない。

 僕は遠足のしおりで地図を確認しながら、集合場所からあまり離れないようにだけ心がけた。そうしてひと気のない公園を見つけると、小さな噴水の見えるベンチに腰を落ち着けることにした。額から噴き出た汗が頬を伝い、足元の石畳の色をいくつも濃くしていたからには、夏か、春の終わりぐらいのことだったのだろう。

 人の中を生きるのは厳しく、自分を理解し包み込むような存在は決して現れないのだ、と中学生風情に世の一切を恨みながら、足元に落ちた汗のあとを眺めていた僕は、そこへいつのまにか入り込んでいた小さい人影に気がついた。顔をあげると、目の前に五歳ぐらいの女の子が立っている。そうして、僕の顔をじっと見つめているのである。

 ここで「こんにちは、どうしたの?」とでも声をかけられるなら、その人は相当人間ができていると言っていいだろう。僕は無論できていなかった。幼女相手に呆けたような顔を晒して、何か言ったほうがいいのかと口をぱくぱくさせながら、かといって何一つ満足な言葉も浮かばず、どうせ浮かんだところで言う勇気も出ず、ただ平静を装って相手を観察することしかできなかった。

 女の子は黒に白い水玉のワンピースを着て、肌は真っ黒に焼けていた。髪も日焼けのせいか茶色がかって明るい。前髪は眉の上で切られて、他は耳の下まで伸びていた。目は一重で細く、なめらかな顔の輪郭は僕に燻製玉子を彷彿とさせた。

「おにいさんばかなの?」

 突然そんな声が僕にめがけて発せられた。キョロキョロと周りを見渡すも、そこには人っ子一人いない。

「やっぱり、ばかみたいね」

 そうして前に向き直ると、目の前の燻製玉子が僕に侮蔑の目を向けてため息をついている姿があるではないか。僕はたじろぎつつもなんとか言葉を探したが、気が動転していたのか、やっと出てきた言葉は「なんだこれ」という要領を得ないものだった。

 そんな僕に燻製玉子はもう一つため息を食らわすと、「ギザギザするから、かえるね」となんだかよくわからないことを言って、小さな足でずかずかと公園を出ていった。そうして僕は担任教師から怒りの電話がかかってくるまで、彼女の行ったあとをずっと眺めていたわけである。集合時間は、とうに過ぎていたようだった。

 これが、僕と彼女との初めての邂逅だった。

 

 大学生の時分である。僕は駅前を流れる大きな川の土手をふらふらと歩いていた。橋の上をごうごうと車が走っていく。このまま何かの拍子に橋が落ちて、僕の身に瓦礫が降りかかりはしないかと思う。これは危惧するのではなく、期待していたのだ。なにせ、そのときはとてもそんな気分だったから。

 ずばり言うと僕はこの少し前に失恋した。フラれたのだ。それもこっぴどく。映画でも漫画でも聞いたことのないようなセリフで、食い下がる余地もなく、それはもうひどくあっさりとフラれてしまった。今にして思えばなにをそんなに落ち込むことのあろうかと言えなくもないが、こと次第は恋慕の情であるから、過去や未来の自分がなんのかんのと言ったところで、他人の言に他ならない。この話は、そのときはそうであった、というそれ以上でも以下でもないのだから。

 土手をさまよう僕の身体はやがて橋の下へ吸い込まれていった。その堅固たる鉄骨をにらみ上げ、いまに落ちる、もう落ちる、そら落ちる、などと念じながら歩いていたが、橋は一向に落ちない。鉄骨にはサビひとつ見つからなかった。そうしてついに、僕の身体はもう橋の外へ出ようとしていた。いまだ、それ、もうちょっとだ。

「――――――」

 ふと、声をかけられたような気がして、僕は前を見た。気がしただけで何が聞こえたわけでもなかったのだが、果たしてそこには人が立っていた。

 前から歩いてきたであろう相手は一瞬ぎょっとしたように後ずさったが、すぐに気を取り直したのか、僕の脇をすり抜けて橋の影へと入っていった。僕はちょうど影から光の下へ姿を現したかたちで、なるほど相手にはいきなり人が現れたように見えたのかもしれない。少し肩越しに振り返っただけで、僕はそのまま橋の反対側へと土手を歩いていった。

 そのうちに僕はいつしか、まだだぞ、今じゃないぞ、と遠ざかる橋に向かって念じていたように思う。

 

 翌日も気分がすぐれず僕は土手にきた。そうして橋の下の、冷えたコンクリートに横になって、頭上を走る車の振動を感じながら、うつらうつら夢と現をさまよっていた。とにかくもう、なにもする気が起きなかったのである。恋はかほどに度し難い。

 目をつむっている間に、ときどき誰かが足元を通っていくのがわかった。ジョギング。犬の散歩。自転車。そのたびに、僕がこうしていても少しずつ時間は流れていることを、否応なしに知らされる。

 やがて、また誰かが歩いてきて――しかし、通り過ぎてはいかなかった。近くに腰掛けたのか、荷物をおろす音が聞こえる。それが果たして夢なのか、現実なのか、目を閉じている僕にはわからなかった。つい先日僕を拒絶した女性が、すぐそばにいることを想像する。そうして微笑みかけてくる。ありえない話だった。馬鹿みたいだった。ゼミの教授を想像する。しばらく顔を出していないことは確かに悪いと思っていた。だがありえない話だった。僕はすでに見切りをつけられていた。やがて頭のなかで、そばに腰掛けている人間の顔がぐにゃぐにゃにゆがんでいく。もう一体全体だれでもない、そばにいるのはだれでもない。なんだかよくわからない、えたいのしれない、知らないだれかが、僕の隣にいるのだ――。

 いつのまにか僕は目を開けて、隣の人を見ていた。隣の人も僕の顔を見ていた。知らない顔だった。当たり前である。隣にいるのは知らない人だった。僕もまた、相手には知らない人だった。

「お兄さん、昨日もいたよね」

 しかしそれは、僕の思い違いであったらしい。相手は僕にそんなふうな言葉をかけた。夢現を脱して、僕は少し身を起こして相手を見る。女の子だった。高校生だろうか。その制服がどの段階を示しているのか、地元の者ではない僕にはわかりかねた。

 そう言ったきり彼女は僕から目を背け、橋の鉄骨を見上げた。その横顔にもやはり見覚えがなかった僕は、仕方なしに彼女と視線を同じくした。僕があれだけ落ちろと願った鉄骨は、昨日となんら変わりなくそこにあった。

「なんかさ、胸がギザギザするとここに来るんだよね」

 彼女が使ったその妙な言い回しに、僕は聞き覚えがあった。もう一度顔をよく見る。しかし、やはり、見覚えはなかった。目の前の女の子はしっかりと化粧をしていて、僕が覚えていた顔とは、見比べようもなかった。僕はまた、鉄骨を眺めに戻る。

 無言の二人の上を、車はひたすらにごうごうと過ぎ去っていった。

「じゃあ、わたしはもう行くけど、」

 しばらくして立ち上がると、彼女は僕に声をかけた。

「あんまり馬鹿なこと考えるもんじゃないよ、お兄さん」

 そういって橋の外へと歩いていく彼女を、僕はぼうと見送った。そのなんだか見透かしたような口ぶりを僕は少し懐かしく思い、そうして白日のもとで振り返った彼女の顔の輪郭が、僕の中であのときの燻製玉子とぴったり重なった。

 僕はそのあと、翌日も、その翌日も、その橋の下へは行かなかった。彼女ももう、来てはいないような気がした。名前も知らない彼女に、今はもう確かめるすべもないが、きっとあの日の燻製玉子の彼女であったろうと、僕はそう思う他無かった。

 こうして僕は、おそらく彼女と、すでに二度出会ったのである。

 

 僕には今、彼女の顔を真正面から拝む機会が訪れていた。そうして、実に三度目にして、やはり、この子であったのだと確信した。しかし、この三度目は残念ながら、もう四度目がないということをも示していた。

 僕の目にしている彼女は、最初に会ったときのムスっとした表情でもなければ、二度目のように輪郭だけをたたえたものでもなく、新聞の紙面の楕円の枠の中で笑っていて、その下に名前と年齢が書かれているものだった。

 彼女は死んだのだった。高速道路での事故だということで、同乗していた三歳の息子ともども亡くなったようであった。彼女の笑顔の隣に、幼い、玉子のような顔をした男の子が映っていた。

 そのときにして、彼女は僕より七つの年下で、こんな名前だったのだと僕は初めて知ることとなった。

 りさ、といったらしい。

 きれいな名前であった。

 僕は唖然とする中になにかこみ上げるものを感じながら、覚えず手近なハサミを手に取っていた。記事を切り取ると、静かに折りたたみ、折りたたみ、小さくして、庭の一角へ向かった。

 先頃妻がせっせとこしらえていた小さな花壇には、いくつかハーブらしきものが植えられていた。やわらかく耕されたばかりの土なら、まあ掘り返しても目立たないだろうと思う。僕はそれらの間に指で穴を作ると、ポケットにしまいこんでいた紙片を取り出して、その中へ寝かせた。無理に小さくたたんでいた紙がゆっくりと開かれていくのを見ながら、僕はその上に土をかけていく。そうして見栄えが以前と変わらないかを確認してから、静かに、手を合わせた。

 

 しかし、もしあとで妻に見つかって怒られたときはどう言い訳をしようかと考える。ただの新聞紙とはいえ、気味が悪いと思うだろうし、かといって埋めてしまったものを戻すのも気が引ける。そういうガーデニングのやりかたをテレビで見たんだ、といえばどうにか騙せるだろうか。それとも新書のほうが勝手がいいだろうか。

 そうやって馬鹿なことの一つも考えて、あの声が降ってくることをどこかで祈っている自分がいた。さっきの新聞をうちやっておいたソファーに深く腰掛けて、そんなことはもうないのだと思った先から、少しだけ、僕は名も知らなかった彼女に涙した。

 あのハーブはきっと、よく育つだろう。

モノノケダンス

自分は正常だなんて思い始めたときから、人は狂い始めるのだ。

 

動物というのはいいものだ。なにせよく動く。

動物というのはいいものだ。ともすればかわいい。

しかし我々はどうもこの動物という存在を指す時に、我々を抜いて考えてしまっていることが多い。これは理解が狭いことだ。

さらに言えば、動物といってその中でも哺乳類のみを指しているようなことさえある。これはたいへん狭い理解だ。

目の前のものを分類し、名前をつける、ということを覚えてしまった我々はどうも自分ばかりを度外視するようだが、どうしたって我々も本来は動物であるはずなのだ。ところがたいていそうは考えないものだから、他の動物の特定の行動(仲間を助ける様子や子をかばう親)を指して「人間じみた」だとか「人間的な」だなんて得意がって言ってみせることがある。

どうもうさんくさい話だ。

本当に我々は、そんなに「人間的な」動物なのだろうか。

ではないのだとしたら、それはもう動物に見られる行動である以上、あくまで「動物的な」ものだ。我々が勝手に名を冠していいものではないはずなのだ。

翻ってみれば、相手に乱暴を働いたり衝動のままにうごくようなことを「動物的」「けもののような」と表されることがあるけれども、どうも調べると彼らはその表現に反して極めて理知的で、我々ほどとんちんかんな生き物ではないようだ。序列や繁殖に関すること以外で同族を傷つけはしないし、中でも社会性の高いけものは、前述のような目的ですら同族を傷つけないように配慮し、最終的にはお互いの姿勢によって勝敗を明らかにするように発達しているものもある。なんとも「人間的」な営みが行われているではないか。

 

人の徳についてわざわざ説かなければならないのは、それが当たり前でなくなってしまったからだという意味の言葉をなんとかいった。こうした「人間み」を表す言葉たちが頻繁に使われるのも、もしかしたらそのせいかもしれない。どうも人間は人間に過剰な期待と信頼を抱きすぎているようだ。我々はそんなに大した動物ではない。

 

人間はちょっと考え過ぎなのではないだろうか。

 

例えば雪を見てはしゃぐイヌや、こたつに潜り込むネコ、日向ぼっこをするカメに、歌い上げる小鳥たち、それぞれがそれぞれに応じた行動というのを持っているものであろうとわたしには思われる。なにも、肩肘張って「人間らしく」いようとすることはないのではないか。

うれしくって走り出していくような。

恋人を取られて殺してやりたくなるような。

動けなくなるまで食べるような。

涙を流して抱き合うような。

ひとえにわたしは、そんな「獣性」を愛する。

いっそ馬鹿な顔をして踊り狂っているぐらいがお似合いの我々に、しかしなお、だからこそ、詩をうたう心が宿っていることを、わたしはさいわいに思う。

ノってきたなら、それがすべてなのだ。

 

だからそう、きみのうたを聞かせてくれ。

わたしはそれで踊るから。

連作30首『芳子(よしこ)のあと』

電話には出られずメールにて知りぬ金曜の朝祖母頓死せる

 

肉親の訃報を開きし親指にぞぶりぞぶりと血は脈打てり

 

折り返し掛ける電話に母はまたなんと明るい声で出るのか

 

通夜は土曜、式は日曜どこそこで、やや早口で伝えくる母

 

落ち着くにひとりフロアをうろつきぬやや席に着きまたうろつきぬ

 

引き出しの底より出でし処務規定引けば忌引きは三日とあらず

 

見透かさる ささやかながら見過ごせぬ額を挙げをる見舞金表

 

母を経て父の言伝受け取りぬ駆け戻るには及ばぬが、来い

 

幾たびか母とやりとり重ねをりつひには父の声聞けず夜

 

通夜の朝も車は動きパンは売れわたしは職場でうごめいていた

 

 

 

先駆けた兄がいとまを持て余しギターを触ってくれていたなら

 

ジャンクション近くの片側三車線が寄越す余白を縫うようにゆく

 

駐車して襟を正すもどの顔が正解なのか 答えよミラー

 

久しぶりに会うた兄らは髪形も毛色もスーツもまるで似合わぬ

 

存外に笑顔の見ゆる葬儀場にてやうやう表情筋をほどけり

 

参列者カードを受け取る 見も知らぬこのひとも親戚というから

 

オヒネリじゃなくてオメモジでもなくてなんだかもにょもにょ言って手渡す

(おっ)※ルビ

和尚さんのお経はあまりうまくないと叔母らは助六寿司を食らひて

 

棺追ひ控えに祖母の兄の来て和尚の上ぐるでなき経を上ぐ

 

火の番を父より任されし我ら騒げど電子線香はゆらがず

 

 

 

賽の五のごとくに僧の並び居り「ライブみたい」と兄のささめく

 

持たされし勤行集になき経に親族の指先は惑ひて

 

厄介者の記憶は思い出に変はりみなさめざめと泣く昨日今日

 

ひが泣きはできぬ 明るく逝くやうに一句を祖母の足元に添ゆ

 

遺書にありし戒名は祖父よりも高く苦笑せる父 出棺のとき

 

見納めて棺は窯に入りたり もう飯を食えというのか、そうか

 

この部位は、など焼肉じゃあるまいしざっくと細かくされていく祖母

 

一膳が消え一室が空になり仏間にカラー写真が一葉

 

このたびはどこそこからのお気持ちのほどもさやけきエクセルファイル

 

初盆も帰らぬ不孝 鹿児島の海にカメラは取り上げられつ

 

 

絶望という名の地下鉄

この箱は、わたしをいったい、どこへ連れて行こうというのだろうか。

ドアが閉まり、わたしの風景の一切は闇に掠め取られた。

 

これは都会と田舎をひとたび行き来したことのある人ならわかることだが、電車というのはよいものである。自分で運転しなくても、少しの運賃でからだを遠くまで運んでゆくことができる。しかも時間帯さえ選べば、おおかた座っているだけでいいのだ。こんなに都合のよいものはない。時折鳴らす警笛も「プァん」と小気味よいもので、レールの微妙な凹凸による揺れは、わたしをいつしか穏やかな眠りへといざなってくれる。

 

胸元のよだれは見なかったことにする。

 

田舎から都会へ飛び出して学生生活を送っていた時分は、こうしたことを特に気に留めることもなかった。まあなにせ他のいろいろが真新しくてそれどころではなかったのだから、しかたがない。たまの帰省にも移動時間が長いだけでさほど苦労したことはなかった。

しかし、卒業して実家へ身を寄せるという段になって、わたしの認識は一変した。

休日である。どこそこの美術館で気になっていた展覧会がある。よし見に行こうと思い立って、家の中に貼り出してあった時刻表を目にする。

ない。ないのだ。

電車がないのだ。

馬鹿を言ってはいけない。電車はある。確かにある。最寄り駅だって存在する。

しかしなんだこの時刻表の隙間は。

おびただしいまでの間隙は。

ここにきてようやくわたしは「帰ってきたのだ」という実感に打ちひしがれた。

いいや、帰ってきてしまったのだ。電車のない国へ。

わたしは予定よりずいぶんとあとの到着になってしまう電車に目星をつけると、やれやれと肩を落とした。そうしてもう一つ気がつくことには、駅までの移動手段が徒歩しか無いということだった。

わたしは目を見張って硬直する。

なにを当然のことをと思われるかもしれないがこれは大変なことなのだ。数キロという距離を歩けというのだから。文明人としては車を出してしかるべき距離である。しかしこのとき家人とその車はすでに出払っていて、わたしはやむなく準備を適当に済ませてとぼとぼと駅まで歩くことになる。ただ、心情としてはとぼとぼであるものの、電車をこれ以上逃すわけにはいかないので、これまたトッポトッポといったスピードで歩かねばならなかった。なんとか予定の電車に乗れはしたものの、なんだか打ちのめされたような気分で、わたしのからだは展覧会へと揺れる。揺れる。揺れる。

わたしは汗をかくのが大の嫌いなのである。

 

異常に少ない本数の列車には異常に少ない乗客しか見当たらず、さもありなんといったところである。住宅地から駅まで数キロもあるというのに、さしてバス網が発達しているわけでもない。このような地理的条件にあっては、地元の人間がさほど電車に乗ってどうこうしようもないのもうなずける話である。ここでは車のほうが断然に便が良い。車に乗っている方が自然な状態なのだ。何年も前に沿線主要駅近くの百貨店は閉店し、昔はいたはずの駅員が各地でいなくなり、券売機はきっぷではなく駅名の書かれた紙を出すだけの機械に変わっていた。

この路線をもっと下っていけば観光で栄える地域があるからには、さすがに駅や路線がなくなることはないのだろうけれど。しかし都会と観光地に挟まれた空白地帯の我々は、世間から隔絶されてただただやせ衰えていくだけのような気がする。

車窓には、えんえんと続く田園風景が広がっている。しばらくスピードが落ちないのは特急に乗っているからではない。鈍行ながら、停車する各駅の距離が長すぎるのだ。

しかしわたしはこの空白地帯の荒涼とした風景が実は好きだ。

確かにえんえんと続く田畑ではあるが、じいっと見ていると少し違いがあるのがわかる。遠くに工場が見えている。あの森は小学校の裏だ。冗談のような場所にある踏切は、自転車がやっとすれ違える程度の幅しか無い。打ちっぱなしのゴルフ場は、夜でも光っていてすぐにそれとわかる。ただジャスコには負ける、あれは別格だ。地域中の信仰を集める神殿のようなものである。今日も帰るころには煌々と祈りの火がともるのだろう。

主要駅で急行列車に乗り換えると、とたんに人が多くなる。いままで一体どこに隠れていたというのだ。絶対何人かはついさっきコピーペーストされた人間だろうと思う。ペースト産の人間たちでぎゅうぎゅうの座席になんとか座る。これだけ人がいるのに平気で眠ってしまうというのは、やはりどこかでみんながみんなのことをNPC(※)だとでも認識しているからなのだ。人垣で塞がれる風景とともに生身の人間は立ち消えて、ただ車内にはやや圧迫した空間と自分のみがある。心地の良い揺れ。眠っても致し方ないというものだ。

(※Non Player Character…ゲームなどで設定されている、プレイヤー以外の操作されないキャラクターのこと。ざっくり言えば村人A。)

 

終着駅で地下鉄に乗り換える。今度は押し込まれるように立って乗るしかなかった。目の前でドアが閉まり、得体のしれぬ何者かたちに背中を預けながら、わたしは窓の外を見ていた。グンと初動があると、車体はレールを滑るように動いていき、車窓からホームの明かりが遠ざかる。フッと暗くなる。残ったのは、揺れと、音と、圧迫である。窓があるのに景色が見えないということはわたしを不安にさせた。

トンネルというのはまだありがたいものである。そのおおよそが、山腹を貫通して進むために掘られたものであるから、どんなに長くても山を抜ける時が必ずやってくるからだ。

しかし地下となればどうだろうか。なんとなく乗ってしまったこの地下鉄は、地下を進んでいるからして、突然地上に出ることでもしない限り、なにも次に明るい場所に出られるとは限らないのだ。もしかしたらどこかでこのレールは細長く巨大な化け物の口腔とつながっているかもしれなくて、明かりの見えぬ間に我々は日夜知らずその化け物の口腔から肛門を高速で通り過ぎ、そのたびに何か栄養を抜き取られているというようなことはないだろうか。なにも考え過ぎなどということはない。時折視界をよぎる明かりは、外皮を通して周囲を照らす発光器を内側から見ているのかもしれない。いったい誰が走っている地下鉄の外を確認したことがあるというのか。窓に見えるのは反射した自分のしけた面だけだと、本当にみんなそう思っているのだろうか。

わたしは振り返って乗客の顔を見ようとして、ふっとみんなNPCであることを思い出した。この中で生身で考えているのはわたしだけなのだ。

わたしは反射する自分の眉間の奥に、断続する発光器官の隙間に、なにか粘膜めいたものが見えはしないだろうかと目を凝らした。

そうして次の駅が近づき、スッと大きな明かりが視界を覆いかけたとき、わたしは反射していた自分の顎のあたりに、ヌラリとした輝きを確かに見る。

あれは確かに化け物の粘膜である。そうわたしが感知したのはホームに押し出されたあとのことであった。NPCの波に乗りながらエスカレーターを上っていく中、ふと考える。このままのんきに美術展など見に行ってもいいのだろうか。わたしはなにか大変な体験をしたのではなかろうか。もしかしてみんな、アレに食べられてNPCになってしまったのではないか。だとしたら私の喉元に光っていたあの粘液、わたしももうすぐNPCのひとりになってしまうのではないのか。

む。む。む。

そうしてうなりながら顎の下に手を当てると、冷ややかな感触があり、すべてを察したわたしのもとへ一挙にもろもろの感情が去来する。

ああ、その、

 

これはさっき見なかったことにした、わたしのよだれである。

 

わたしはトッポトッポと美術館へ向かった。

 

帰りの鈍行列車の車窓には、例の通り打ちっぱなしのゴルフ場と、爛々たるジャスコ城が遠くある。多くの人の目に触れず、なんとなしに流れ去っていってしまうこの景色の中にもどうやら人間はいて、ひとりひとり、冗談のような踏切でイライラしながら鈍行のゆくのを待っていたり、小学校の体育館でクラブスポーツをしたりなどしているようだった。わたし以外の人間が日々を生きているのは至極当然のようで実はとても不思議な事であるけれども、やっぱりなんとなくそうであるのかもしれない。

NPCはもうおらず、わたしの周りは、わたしと同じ人間で溢れかえっていた。行きより少し人の多い車内の景色はむせるようににぎやかで、すこし、めまいのする思いだ。

最寄り駅で降りる。わたしの手には美術展で買ったポストカードの入った袋が提げられている。同じように街へ遊びに出ていたらしい何人かが降りてきて、家族であろう迎えに来た車に乗ってビュンといなくなる。その車にもナンバーがある。運転している家族がいる。嘘のようなことだけれど、きっとほんとうのことなんだろう。

そんなふうに思うのだから、わたしは確かにあの地下鉄の化け物に、なにかを食べられたのかもしれなかった。ハンカチでぬぐったあのよだれは、もしかしたら、やっぱり。

わたしは迎えを頼まなかった。もし迎えに来てもらった家族がNPCだったりしたら困るので、これは家に帰ってみるまでとっておこうと思ったのだ。

そんなわけでわたしはまた来た道を数キロも歩いて行くことになったのだが、その足取りは来た時のようにとぼとぼもしていなければ、特段トッポトッポする必要もなかった。

 

ただおなかがグウとなったので、わたしもなにか地下鉄めいたものを口に入れたい気分であったことは確かだ。