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懐中のトッケイ

わたしはここでかわいていく

連作50首『八畳魔のかんぴんたん』

短歌

5月に角川短歌賞に応募した。ひーこら言って作った50首。

数ヶ月前のことなのにもうずっと前に思える。今見返したって拙い歌。

でも確かに、あのときのわたしのいちばんを出した。

もちろん結果はなしのつぶてでかすりもしないが、きっとこれでよかったのだ。

わたしが増長するには、まだ早すぎる。

 

 

   八畳魔のかんぴんたん

 

1四人掛けごたつに足は漂泊す無辺の孤独は八畳にあり

2姿見に猫背を指摘されているうなずきながら下ろす掛け布

3誰も見ないしぐさばかりが慣れてきて三つ牛乳パックをひらく

4お前とも長いな あの子が刺したきりほくろになったえんぴつの黒

5ささくれし指にしみいる水仕事母さん何にも言わなかったな

6なまくらと疑っていて悪かった押し切る癖はまだなおせるか

7レシピなる母の方程式のもと解へと煮込まれている立体

8「帰ってこい」と言わないまでも帰省するたびにやまほど持たされるジャム

9拝啓母さん おかげでうまくなったけど食べさせる人がいません 草々

10愛想のない字だ父からの封筒はおとなのかみでみちみちている

11シャワーでは流せぬ泥の言を浴び排水口をぼうと見守る

12知らぬまに洗濯ものは山をなす明日は雨だ明後日も雨だ

13ひとすじの電波となってぴゅんと飛ぶ恋文が怒りが妄想が

14薄はりは火酒かたぶける音ぞよき「ら行」で口説く人が恋しい

15家中をたたき回って狂飆のトントンタタタン南無ダンボー

16明けがたの街を切り裂くつばくらめ来なくてもいい今日が来たのだ

17群れをなすセーラー服よ学ランよわたしの電車はいってしまった

18仕事場の下駄箱に住み着いた彼が「けえろ、けえろ」と言うやつでして

19雨の日は半径六十五センチの音楽室がわたしをむかえる

20何週もあとのひとつの休日にしるしたみどりが燃料となる

21暗がりの給湯室で息をつく沸くなよずっとカルキ抜いてろ

22小刀でけずったようなフライデー折れそうだけど焼酎で飛ぶ

23エンジンをかけろ甦るときは来たわたしを証す休日の朝

24つつましく観光の手もあったのか気づけば岩を噛む登山靴

25前をゆくひともついてくるひともなくて濃霧のなかのあんぱん

26尾根道の古木まっすぐ陽をうけて影いっそうにひんやりと落つ

27かえりみる町はちんまりしてしまいこのまま行方知れずもいいか

28頂へ登りつめれば空ちかく一切がわたしを祝福す

29世に病んで下界で死んだ先輩よあなたが連れてきてくれた山だ

30圏外を確かめてから聞くラジオ別段誰を待つわけじゃない

31NHK気象通報淡々と呼ぶ名にルドナヤプリスタニあり

32山歌と地酒は相性が悪いすぐ泣いてしまうわたしも悪い

33帰ったらやろうと思うことは多々できたためしがなくたって多々

34残月の白きに枝は黒々とあんなに伸ばしてやめときゃいいのに

35みずみずしい赤みを放つ太陽だ峰もわたしも色めきて春

36せな白く黴にまみれしひきがえる朽ちつつも目は子らにそそがれ

37みあぐれば魔法陣なり 鉄塔のシンメトリイをはしれ稲妻

38あっけなき一歩 さりとて長大な旅路の結ということにして

39日焼け止めを忘れたあとのひと風呂の肌にひろごる背徳の赤

40せんぷうきを前におとなは消え去りて世界征服したあとの風

41冷めやらぬままに身投げの座布団よ畳の目へとしみる放埓

42綿服を着れば日常帰り来て心平詩集に余韻をゆだぬ

43残された午後にかろりと豆挽けば日曜もやや足をゆるめて

44出しかけて戸棚に戻しやはり出す白磁に青のおそろいのマグ

45カフェオレをはるか泳いでゆけくじら向こうであの日の君待たずとも

46湯に挿せば万年筆は濃紺の過去をすすぎて血を流したり

47文机に向かいひぐらし甲斐もなくそれでは散歩に行ってきますね

48誰が知る蜘蛛のブランコすることを公園にもう遊具はなかった

49あぜ道に私鉄の遠きより響きスカタンカタン馬鹿にされをり

50アスファルトにはりつくカエルのかんぴんたんそんなにたいらになってしまって