懐中のトッケイ

わたしはここでかわいていく

連作30首『ひとを呼びますよ』

 

 呼ばれない集まりはいつも過去形で僕の向かいにやってきて座る

 

 窓の外を雨が通ってゆく先に控える我が十日分のパンツ

                  

 シリアルの命短し牛乳の中でひそかに変生(へんじょう)を遂げ

 

 水をやるつもりで日ごと見送って枯らした多肉の一葉の伸び

 

 湿気てなお棚をいろどるパプリカの朱色(あけいろ)を目でふりかけていく

 

 ごま油に輝くもやし人知れず液状化して遺棄されるもやし

 

 「生活はできてますか」と問う母の声で自室をかえりみる夜

 

 不在票の束をばららと撫ぜて待つ長きみじかき平日の夜

 

 米とみかん 物資のすきまに好きだったお菓子がぎゅうと詰められていて

 

 八朔が減らないうちに来る次のダンボールには甘夏、あまなつ

 

 文化的最低限度の営みとしての器の機能を思う

 

 分別を諦めてからなお増えた半額惣菜のガラのかさばり

 

 バゲットと坂を下ってきたひとのスカートのひだ、白きつま先

 

 何ものに追われてなのか二、三分進めた時計に囲まれていて

 

 内側がすでに腐っていたりんご昏くシンクにしたたって撥ね

 

 まっとうに暮らしたかった。炊飯器の中で干上がるあの日の三合

 

 時をかけるごはんよ「保温から29時間」経った世界へようこそ

 

 九ヶ月前の自分を一キロのひき肉に見る考庫学あり

 

 同僚と街で賑やかしたあとの誰も待たない部屋への坂道

 

 キャスターの声は書斎にまで届きずっとしゃべっていてくれること

 

 お二階のお子さんがとてもよく走る 夜半にテレビの音量を上げる

 

 水増しのシャンプーが薄い泡を吐くペンギンヘッドバンキングナウ

 

 何一つ手つかずのまま睨め上げる二時、歯ぎしりと心中をする

 

 他の家の人らの声で目を覚ます2LDK光年の孤独

 

 いづこよりきたるか枕もとの陰毛あさ柔らかき陽光に透け

 

 幾日も寝かせた回覧板を手にゆく階段の静かなること

 

 来るとなればとたんに人の目が宿り立ち現れるちり、あくた、しみ

 

 酒瓶の重みダンボールの重み家々のがらりがらりの集まり

 

 ガラス戸のすきまでぶぶと呼ぶ虫が開けてやっても出ていかんとき

 

 ていねいに暮らそう、ていねいに暮らそう 五百円玉貯金をしよう