懐中のトッケイ

わたしはここでかわいていく

marshmallow justice

お前は本当は双子であったのだ。

それを知らされた時のわたしの顔といったらない。

 

小さいころ、無暗に体が強かったわたしは冬でも半袖で走り回るような子供だった。

他の家族は全くそんなことはないのに、自分だけなぜか平気な顔をして鳥肌も立てずに冬空のもとを闊歩していたことに、何も違和感がなかったわけではない。しかし周りはそれを良しとしたし、自分とて苦痛はまるでなかったわけだから、さして挟むほどの疑問もなかったのである。とはいえ何も感じなかったわけでもない。たとえばそう、雪を触るときだけは、半袖のまま手袋をはくなどしていた。まあその程度のことであった。

そんなある冬の日、なにとはなしに母親と会話していると、思わぬ言葉が出てきた。

 

「あんたは双子だったの、ほんとは」

 

ほんとは。

何を言うのだろうと思った。

聞けばそれは、わたしがまだ母の子宮でひっくり返っていたときのことである。

妊娠中のエコー診断で判明したらしいのだが、そのとき母のお腹の中にはわたしの他にもう一人ひっくり返った影が映っていたのだ。

これまで女児を願いながら男児ばかりを産み落としてきた両親にとって、これは最後のチャンスであった。あくまで可能性の話なのだろうが、経過を観察する中で、医者も少なくとも片方は女の子かもしれないという。これまでつけられずにきた女用の名前が、今度こそ日の目を見るかもしれない。両親の期待は高まっていった。

しかし、後の検診で事態は大きく変わってしまった。

ひっくり返った片方の影が、大きくなっていないのだ。

様子を見ようと経過観察を続けるも、片方が順調に大きくなるばかりで、もう片方は大きくなっていかない。そうしてついには、片方の影が小さくなり始めた。

片方は肥大を続ける。

もう片方はそれに吸われるように、みるみるうちに影を小さくしていく。

「まあ、こういうこともありますよ」

医者はそう言ったという。

どんどんと小さくなっていった影は、やがてエコーではとらえられなくなり、両親の前から姿を消した。

そうして生れ落ちてきたのが、たったひとり分の、わたしという肉体であったのだ。

 

「だからあんたには、二人分の栄養がいってるのよ。だから強いのよ」

そんな話を、母はわたしに言って聞かせた。

幼心に、なぜそのときのわたしに意識がなく、いたかもしれない双子の片割れを、救ってやることができなかったのだろうと、なぜ自分ばかりががめつくも養分を独り占めしてしまったのかと、わたしは悔いた。

そこにいたかもしれない、わたしのたったひとりの妹。

いもしない存在をわたしは夢想し、いともたやすく、その様を思い描くことができた。

肉を持って、わたしとふたりセーターを着て、耳を赤くしながら冬の日を走り回る、わたしの妹のことを。

涙ぐみそうになるわたしの肩に手を置いて、母は続けた。

「もう一人いたかもって思うとさみしいけど、いまあんたが元気でいるから、お母さんはそれが嬉しいのよ。でもだからって、意地張って風邪ひかないでね」

 

 

わたしの体はわたしだけのものではない。

でも、わたしという人間はひとりだ。

どうしたってひとりだ。今更二つになんて分けられない。

だからせめて、わたしは二人分を生きてやるのだ。

二人分を歩み、学び、遊び、食い、飲んで踊って、恋をして。

 

もうお腹いっぱいだと、言わせてやりたいのだ。

まだまだ足りない。まだまだ、ずっとわたしは足りないでいる。